BlueMonday

シングルおやじはかく語りき

僕が「赤の他人」を追い出したのは、子供の運動会の前日だった。

子供らの母親かと思うと別れた妻を追い出せなかった。

離婚届けを出し、赤の他人になった別れた妻だったが、引っ越し先が見つからないからと同居を続けていた。同居を続けるんだから、家事とかもそのままやってくれるかと思っていたが、

ところがどっこい。

別れた妻にとっての我が家は、ただ寝るための場所と自分の道具を置いておくためだけの場所でしかなかった。子供らのこともほったらかしで、夜な夜な外出を繰り返す状態だった。
まあ、男がいることは薄々気付いていたが、離婚届を出し他人になったことで、その態度はあからさまとなった。

本当は離婚する前にはっきりさせて、裁判でも起こして慰謝料やなんかでもぶんどってやってもよかったが、そんなことに掛ける時間さえも僕には無駄な時間に思えていた。


それよりも僕はゆっくりと子供らとの時間を過ごすことの方が大事だった。

他人になったのに出ていかない別れた妻を追い出すことはいつでも出来たが、僕にはまだ迷いがあった。

 

果たして子供らにとっての母親を無下に追い出していいものか、と。


僕にとってはもう赤の他人だったが、子供らにとってはやはり母親であるわけだし、僕には不必要な存在でも、子供らにはまだ必要なんじゃないかと、そんな風に考えて、別れた妻が自分から出ていくのを僕は待っていた。

にしても、せめて子供らと一緒に夕食を摂るくらいしてもいいんじゃね?

 

俺は意外に寛大だったんだな。

 

 

子供の運動会の前日に、僕の堪忍袋の緒が切れるときがやってきた。

 

離婚して3か月が経とうとしていた。

 

夜な夜な出掛ける別れた妻に、僕は何度も早く引っ越し先を見つけるように催促したが、「探してるから」と返事を返すばかりで、そんな態度は全く見られなかった。

自分の荷物をまとめるようなこともしない別れた妻に、僕の苛立ちも徐々に大きくなっていた。

そんな中、長女「桜」の小学校で初めての運動会の日が近づいていた。
毎日、夕飯の後に運動会で踊るダンスの練習を見せてくれたり、かけっこのスタートのポージングを見せてくれたり、桜も初めての運動会を楽しみにしていたようだった。

「なあ桜、運動会のお弁当は何が食べたい?」

たぶん本当ならこんなこと母親が聞くべきことなのかも知れない。
そう思いながら、僕は桜が食べたいと思うおかずの材料を一緒に買い出しに行ったり、体操服のゼッケンを縫い付けたりして、娘の小学校初めての運動会を子供らが楽しみに迎えられるよう準備を整えていた。

 

そんな僕と子供らを尻目に、運動会はちゃんと一緒に応援するから、と毎晩外出を続ける別れた妻。
僕はそんな別れた妻にある条件を出した。

 

「母親なんだから、せめて、運動会の前の日くらい外出しないで、子供たちと一緒に過ごせ」
「それが出来ないなら、今すぐ出ていけ」

 

別れた妻は不貞腐れた態度と不満げな視線を俺に向けながらも、

「わかった」

とだけ返事を返した。

 

でも、全然わかってなかったんだな、これが。

 

 

堪忍袋の緒が切れるどころか、袋が破けてしまった。

 

運動会の前日、いつもはいない母親がいてくれることが、やっぱり子供らには嬉しかったのかも知れない。

その日はいつもより夜更かしな桜と幹だった。
三人の時間を持たせようと、僕は居間には近づかず、キッチンで翌日の運動会のお弁当の下ごしらえをやっていた。

「明日は、かけっこで一番になるからね」
「僕はおねえちゃんをたくさん応援するんだよ」

桜と幹の楽し気な声が居間の方から聞こえてくる。

 

暫くすると、子供らを寝かしつけたのか、別れた妻はキッチンに顔を出したが、何だかそわそわした様子が見受けられた。
僕はちょうど弁当の下ごしらえが終わったから、風呂に入って寝るよ、と伝えて浴室に向かった。

いつもなら僕が添い寝しているけれど、さすがに別れた妻も僕の出した条件をその日はのんだのだろう、子供らに添い寝しているようだった。

僕も翌日の運動会の弁当づくりで早起きしなきゃいけないと思い、一人ベッドに入った。

ところがどっこい。

深夜を過ぎた頃、何やら物音に気付いて僕は目が覚めた。

部屋のドアを小さく開けてのぞいてみると、別れた妻がこっそりと玄関の方へ向かう姿が見える。

まさか、と思いながら見ていると、そのままゆっくりと玄関から出ていった。

窓の方に回って外を眺めてみると、玄関先まで男が迎えに来ていた。
僕は思わず「現行犯だ」と呟いた。

寛大な態度を決め込んでいた、さすがの僕でも堪忍袋が敗れ散った。
子供のためと思い我慢に我慢を重ねていたが、「母親」という立場をすて「女」になり下がった赤の他人に、これ以上の情けを掛ける必要もない。

僕は、玄関のドアに

 

「もう母親でもなくなった君は必要ない」
「運動会にはこなくていい」

そんな張り紙を貼り付け、玄関のドアを施錠してベッドに入った。

明け方に、たぶん帰ってきたのだろう。
呼び鈴や玄関を叩く音、電話が鳴り響いたが、僕は無視を決め込んだ。

 

子どもの運動会の前日に、僕はとうとう居候している「赤の他人」と化した別れた妻を追い出した。